ギャップがあるから怒りが生まれる

駅のホームで、何が原因かわからないけれど物凄い勢いで駅員に向かって怒っている人を見た。その後、電車に乗るために並んでいたら、乗り込む直前に横から割り込みしてくるおばさんが居た。ムカつく。

ふと、人はどういう時にムカついたり怒ったりするのか気になった。

・失礼な店員に当たった時。
・電車がえらく遅れた時。
・図書館で騒いでいる子供が居た時。
・自分の欠点などを指摘された、つまり図星を付かれた時。
・やろうと思っている時に、やれよと言われた時。
・ルールを守らない人がいる時。
・表示が遅いサイトにアクセスした時。

「自分が期待/想定している状況」と「現状」とにズレがあるときに、人は怒るのかもしれない。

いったん冷静になる。別のことを考える。意識を別に向けることで一時的に怒りを鎮めることはできるけれど、意識を元に戻すと、怒りは戻ってきてしまう。現状を変えることは難しいけれど、自分の期待値や認識の方を変えることは出来ないだろうか?

昔、7つの習慣で読んだ話。電車の中で大騒ぎしている子供を注意しない親。周りの乗客は子供を注意せずにぼーっとしている親に対して、イライラしながら話しかける。親はその時初めて、子供が騒いでいることに気づいて答える。

「今朝、妻が亡くなったばかりなんです。小さい子供と二人、これからどうしていけばいいのかわからないんです」

周りの認識が一気に変わる。あんなにイライラしていたのに、一気にお悔やみの気持ちに切り替わる。

「電車の中では騒がない」という認識とギャップがあるからイライラする。でも妻が亡くなって茫然自失ということがわかった瞬間、その認識が変わる。騒いでもしょうがないという認識に変わったことで、騒いでいる現状との間に合ったギャップが埋まり、怒りがおさまる。

これを意識して起こすことはできるだろうか? 例えば何かにイライラさせられた場合、そんなものだ、と思うことは出来るだろうか。

現状に対して、逆に期待値の方を合わせに行くとどうだろうか。例えば順番待ちの列に割り込まれた場合、そもそもどんな手を使ってもいいから乗り込んだ者勝ちなんだ、と思うようにする。

怒りはおさまるかもしれないけれど、なんかやだな、そんな社会。