手のつけやすさ

品質やサービスレベルの高さは、日本の売りの一つと言われている。例えば野菜や果物などの生鮮食品。例えば色や大きさなどが均一で、不揃いなものが一切無いイチゴのパックなど。見た目もそろって綺麗ではあるんだけど、海外のスーパーなどを見慣れると、ちょっと過剰品質じゃないかと思う時がある。

高級レストランなどのように雰囲気や見栄えなど、味以外も求められる場は別だけど、普通のスーパーで得られているような普段使いのものの場合、「これで勝負する」という目的ありきでは行動していない。電車の社内アナウンスでのちょっとした遅延の謝罪なども同じだけど、手っ取り早く手をつけやすい所に手をつけているだけではないかと感じる。

戦中の日本軍の話を読むと、あちこちで小さな勝利を重ねているだけで、何目的の戦いなのか、つまりそこで勝利をすると目指す目的・ゴールに対してどういう意味があるのか、という戦略がまったく無かったということが書いてある。

「それは何を目的としているのか」ということを常に意識してないと、手段がいつの間にか目的に変わってしまう。時間をかけて見栄えのいい資料になってるけど肝心の中身がイマイチで、何の役にも立たずに使い捨てられる資料とか、何か目的があって起業したはずが起業していることそれ自体が目的となってしまい、いつの間にか受託開発だけをひたすらこなしているだけ、といった例をいっぱい見た。

ビジネスをやるときも同じことが言えると思う。目先のコストを節約することは利益を確保するためには重要だけれど、適正なコストを使うことで、利益をさらに拡大することが出来る。その出費が何目的なのかということを意識しないと、コストを掛けるのが怖くなるためにお金を使うことができなくなる。

これって何目的だっけ? ということを気にする視点を持つようになったら、周りのものの見方が変わった。ただ、本質的じゃなく誰にとっても何の得もないズレた方向のサービスに気がつくようになってしまい、モヤモヤイライラするようになったのはデメリットかもしれない。