時間の貧乏性

先日、近所の定食屋に昼食を食べに行った。昼からおっさんが中ジョッキを頼んじゃうような気安い定食屋。誰かが中ジョッキを頼んでいた。その日はカウンター近くの席に座っていたので、何とはなしに店員の動きを見ていた。

自分自身はまったくビールを飲まないんであまり良く知らないけど、全自動ビールサーバーという言うのだろうか。ジョッキをセットしたら自動的に傾けてビールや泡をいい感じに勝手に注いでくれるマシン。ジョッキをセットしてビールが注がれていく様を、店員が何もせずにつっ立って待っていた。

「それ全自動なんじゃないの? その待ってる時間無駄だから、その間に別の仕事をやったらどうかな。」

そういえば待ち時間に無頓着な人って、最近特に多くなってきた気がする。コンビニや本屋で物やお金を受け渡しする時に、自分あるいは相手がただ待っている時間を作ってしまっている。たぶん自分が客の立場になっても、そこにストレスを感じない人達なのかもしれない。

他に何もやることがないならともかく、例えば袋詰めしたり領収書を書いたり、何かやることがあるなら、相手からのI/O待ちの時には別のタスクをやってて欲しい。一人あたりの時間は実は短いかもしれないけど、一日分にまとめると多分、結構バカにならない時間になる。

人の非効率な行動を見ると、すごくもったいないと感じる。もし自分が店長なら、マニュアル化でも何でも進めてプロセスの効率化を図り、たった一人でもかまわないので店員の数を減らしにいくと思う。

客の立場としてはコストはどうでもいい。効率化によりすこしずつ貯めた時間をまとめて、その分休憩してもらってもかまわない。たぶん時間に限らず、無駄使いが我慢できないんだと思う。TVや映画などで水をジャージャー流しているシーンを見ると、

「あー、もったいない。早く止めてくれー」

と、内容に集中できなくなってしまう気持ちとたぶん同じ。

そういえばお金の使い方もあんまりうまくない。それが無駄遣いかどうかに関わらず、金を使うと何だか罪悪感を感じてしまう。消費がストレス解消だという人がいるけど、逆に羨ましいと思ってしまう。

まぁ、単なる貧乏性といってしまえばそうかもしれない。