「引く」と「譲る」

Kindleでサラリーマン金太郎を買って読んでから、電子書籍で本を買うことに全然躊躇しなくなってしまった。iPad mini のサイズでも普通に読めるし、いくら買っても部屋が狭くなることもない。iPad mini は16GB版を買ったけど、こうなってくると32GBを買っておけば良かった。

いま読んでいるのは湾岸ミッドナイトC1ライダー。別に車には興味がないけど、この作者の漫画の通称「楠ポエム」と呼ばれるセリフが琴線にビンビン触れる。漫画を楽しむというよりは、考えるためのきっかけとして楽しんでいる。

この本の3巻、首都高での走行について話しているシーンに、ふと気になるセリフがあった。

・「引く」は相手の状況を見てからするコト
・「譲る」は自分の内側から出るモノ
・引くやつは状況しだいでまた押す

このセリフの何に引っかかったのか考えてみたい。「相手の状況を見てから」というのは、要するに状況に対して反応的であること。自分の行動が「その状況」に左右されてしまう。

有名な「7つの習慣」の第一の習慣、「主体性を発揮する」に刺激と反応という話があった。それが自分にとって好ましい・好ましくないに関わらず、刺激に対してどう反応するかは自分の自由に決めることができる。例えば雨でぐっしょり濡れてしまった。その「刺激」に対して、不機嫌という「反応」を選択することもできるし、気にしないこともできる。反応的な人間は刺激に対して、反応的な行動を取ってしまう。

「自分の内側から出る」とは、刺激に対してどう反応するかを自分で決めるということだと思う。これは7つの習慣で説く「主体性を発揮する」と同じことだ。

刺激に対して主体性を発揮するには、その刺激よりも上の視点を持ち、全体を俯瞰する必要がある。引く・引かない、譲る・譲らない、という視点だと主体性を持つことは難しい。その反応の先に何を見るか。先の得あるいは得の最大化のために、今の損を受け入れられるか。そのためには「譲る」視点を持つことが重要なんだろうと思う。