ネットリテラシー教育は、アクセス制限の方法を最優先で理解させるべき

今の時代は全部ネット上だけになってしまったのかもしれないけど、今から20年ぐらい前は、あちこちに雑記帳が置いてあった。ゲームセンターのように不特定多数が集まるところはもちろん、誰が始めたのかわからないけど、バイトのバックルームのような所にも置いてあった。ゲームセンターの雑記帳の記憶はあんまり無いけど、バイトのバックルームにあった雑記帳は当時よく読んでいた。

内容は誰かの独り言だったり、ふと思ったことを書いてみたり。あるいは何かやろう、どっか行こうという呼びかけとか。自分は他の人の書いたものを読むだけだったけど、読むだけとはいえ、同じバイトというだけでどういう人なのかよく分からない人達の見てるものなどがわかり、何だか面白かった記憶がある。いま思うと、SNSみたいだ。mixiのコミュニティに近いかもしれない。

客商売をやっていると、どうしても嫌な客や出来事は避けられない。今改めて考えてみると、バックルームに置いてある雑記帳は、ガス抜きのような役目を果たしていたんだろうと思う。バイトが長続きしている人だからいっぱい書いているのか、いっぱい書いているから長続きしているのか。あるいは両者に因果関係は無いのか。理由はわからないけど、いっぱい書く習慣のある人の方が長く働いていたように思う。

雑記帳の公開範囲

雑記帳の場合はそれが置かれている場所によって、誰に読まれるのものなのかすぐに理解することができる。不特定多数なのか。あるいは同じバイト仲間のような限定された人間だけなのか。ネット上での情報発信ではリアルな感覚が無い分、ついついどこに公開されるものなのかを忘れて情報発信をしてしまいがちになる。例えば個人情報など公にすべきじゃない詳細なプロフィールや、あるいは内輪だけで話すべき内容であるとか。もちろん子供だけではなく、あまりITリテラシが無く、誰に見られるものなのかわからずに使っている大人でも同じだけど。

昔は内輪の雑記帳にだけ書かれていたような内容が、ツイッターなどのメディアに書かれてしまうようになった。書く方はそれがどこに公開されているのか理解せずに、内輪だけのメディアのような感覚で書いてしまう。それがたまたま不謹慎な内容だったりすると、まったく想定していなかった第三者に晒しあげられて祭り・炎上してしまう。書いている内容は、実は昔も今もそう変わっていない。ただ、それを書いているメディアと、その内容が公開される範囲が異なっている。雑記帳の内容が突然その店に来る客に公開されてしまっていたら、間違いなく同じような炎上案件になっていたはずだ。

今のネットリテラシ教育はネットの危険性であったり、そこから自分をどう守るか、またそのためには情報発信に気をつければいいかを一生懸命教えているわけだけど、いまいち効果が上がっていないと思う。そうでなければ、こんなに次から次へと問題発言があらわれることはないはずだ。特にツイッターは別名「バカ発見器」とも言われるぐらい、炎上しそうなネタには事欠かないメディアになってしまっている。

おそらく教育する側も、内容をきちんと理解していないんじゃないだろうか。何を書いていいか、どう書くかなど、他人に見せる内容を適切なものにするという視点での教育ももちろん重要。でもそれよりも前に、「公開範囲を限定する」ことや「限定しないと世界中に見えてしまう」ということを一番最初に、相手が腹落ちするまで繰り返し伝え続けることが必要じゃないかと思う。限定できないような時は書かないようにする、であるとか。

結局、人の中身なんて時代が変わってもそう大きく変化するわけじゃなく、自分の時も含め、若者は常に「バカ」だ。後から振り返って見たら赤面するようなことはあっても、公開先さえ限定されていれば、炎上したり何らかのトラブルに巻き込まれるリスクはかなり減る。内容に関しての教育は、その後にゆっくりやればいい。

世の中の「炎上案件」のほとんどは、書いた人間が本来想定していた公開範囲に限定されていれば、まったく問題は発生しなかったと思われるものが多い。もちろんその内容そのものについての是非はあるとは思うけど、それこそ、それを教育するのは難しい。いや不可能かもしれない。