「プロ」って何だろう

最近、自身の肩書きとして「プロブロガー」を名乗っている人がいるのを知った。不思議と他人が「この人はプロブロガーです」と言うことは少ないみたいだ。名乗ったもの勝ちなんだろうけど、世の中に色々な「プロ」が増えてきたように感じることが多い。

「プロ」の定義を調べてみると、「その分野で生計を立てていること」とあった。また日本語の場合には「専門知識・技術を有していて、かつ第三者がそれを認めている」という意味も含まれるらしい。

自分の感覚だと、アウトプットでお金を取っていればプロなんだと思っていたけど、「それで生計を立てているかどうか」ということが必要となるようだ。たとえ高品質、高価格のお金を取れるアウトプットであっても、お金をとっていなかったり、それで生計を立てていなければ「プロ」の定義には当てはまらない。それだと単に「お金の取れるアウトプット」ということになる。

例えクオリティの低いアウトプットであっても、また、たとえ年収が150万円であっても、それで生計を立てているのであればプロと言える。生活のためのコストを切り下げれば、「生計を立てる」ハードルも下がる。今は色々なものやサービスの価格が下がり、生活のためのコストも下がっている。色々なものに値段がつくようになったし、そのためのサービスなど各種の仕組みも整備されてきている。

生計を立てるための敷居が下がった結果、「プロ」となる条件も下がっている。ブログのアフィリエイトや広告で生計を立てているのであれば、プロブロガーと名乗ってもいいんだろう。何をやっても食えるような世の中になってきているのはいい事だけど、プロの乱立により、プロのありがたみのようなものも薄れているような気がしてならない。

「プロ」の定義と過剰品質

お金を貰えて、かつそれで生計を立てられていればプロと言える。ここには、必ずしも品質という視点が入るわけじゃない。例え低い品質であっても、相手側の要件を満たしており、またそれにお金が支払われるのであればいい。言い換えると、「相手が満足」してさえいればいい。

スーツとギークの対立というか、エンジニアのアウトプットが、事業側の人間の視点からは過剰品質として捉えられてしまうことが多いように感じる。実際には誤解であったり、エンジニア側のコミュニケーション力の問題だったりもするんだろうけど。