カテゴリー別アーカイブ: 書評

スマートノートを始めた

前から名前ぐらいは知っていた岡田斗司夫氏のスマートノート。先日KDPで安売りをしていたので、買って読んでみた。

あとで調べてみたら、ほとんど 【文字起こし】スマートノート原形岡田斗司夫のひとり夜話 第4回のスマートノート の内容と変わらなかった。自分では視てないけど、文藝春秋講演の動画トークライブin奈良「岡田斗司夫のプロデュース論」(第1回スマートノート) というのもあるようだ。

スマートノートは、昔やっていたユビキタスキャプチャに近いけど、それよりもずっと思考が深まるように思える。ユビキタスキャプチャでは日々の出来事や思いつきなど、短期記憶に入ったものを何でも記録していくわけだけど、書き方や内容は全くの自由。とにかく書き留めていくことがポイントだったけど、その自由度の高さが次第に逆にストレスになっていって、続かなくなってしまった。

スマートノートでは、まずノートの見開きの右ページに、ふと感じたことを書く。最初は感じたことを書くだけなので、書くまでの敷居が低い。そしてその後ゆっくり、なぜそう感じたのかを深堀りしていく。例えば昨日考えたことは、「オンプレをクラウドに移行するとコストが見えるようになるので、チューニングに工数をかけるインセンティブに繋がる」と思いついて、なぜそう思ったのか、これを実現するためにはどうすればいいのか、と思考が広がっていった。

「感じた事をまず書く」と言うプロセスをまず通す。そしてその感じた事を言語化することで、考えるきっかけを作る。この辺りがスマートノートのポイントだと思う。決してそこで結論を出すことや論理を完成させることを目的としているわけじゃない。ノートの空白を埋めることが、すなわち考えることに繋がる。内容が中途半端で終わっても全く問題ないし、同じ事を繰り返し何度書いても構わない。

またページの使い方や書き方に対して、ゆるーい制約事項がある。これが、薄い罫線の引かれたノートに文字を書いていく時のように、ガイドのような効果を果たしてくれる。

日々、自分が感じたことを書いていくことで、物事をいかに「何となく」のままにしていた事が多いのかを気づかされた。既に、ノート上で途中まで考えたいろいろな事が、ふとした時に繋がったという経験も出来た。

久々に、これから続けていきたいと思える習慣に出会えたと思う。


GUNSLINGER GIRL の15巻を読んだ

もう10年ぐらい前、音楽漫画に異様にハマっていた時期があった。テーマが楽器のものはもちろんのこと、表紙に少しでも音楽・楽器が描かれているものは手当たり次第に読んでいた。

アニメや萌え系の漫画には興味が無いので、GUNSLINGER GIRL のような絵柄の漫画は普段は手に取ることも読むこともない種類の漫画。最初に知ったのはたぶん漫画喫茶でだったと思う。何となくパラパラと読んでいくうちに、これは単なる萌え系の漫画とはちょっと違うことに気づいた。今までそんなことをしたことは一度もないけど、漫画喫茶の帰りに本屋で単行本を買って帰った。

最初の巻の方は、「不幸な身の上の少女達が過去の辛い記憶を洗脳されて無敵の体を手に入れ、国家の秘密組織で少女の殺し屋として働く」といういわば非日常な日常の中でも、健やかかつ平穏な日常を取り戻していく。ある種矛盾した日々を描き、主に「救済」を中心としたような話が多かったように思える。その後次第に、少女達とその担当官とのLOVEではなく、親子や友人間の愛情、絆のようなものをテーマとした話が増えていった。

最終巻であからさまに言っているけど、最終テーマは希望。最悪の状況から義体となり生まれ変わり、そしてテロリストと戦いながらまた死んでいく。あるものは生き残り、あるものはまた死ぬ。敵味方を問わず、その望みが叶うものも叶わないものも、最期は希望やそれが未来へ繋がっていくという思いと共に亡くなっていく。全ての流れが、希望というテーマに収斂されているように感じさせられる。

単なる後日談であったり、あるいは最後に綺麗にまとめて終わるためだけの最終話はよくあるけど、この漫画ではちょっと違っていた。これまでの全ての話は、希望という一大テーマを伝えるために存在していたのではないか、と思わされる。

読み終わった後はものすごく良くできた映画をみた気分。とても気持ちいい。その絵柄から、いわゆる萌え系漫画と思われてしまって敬遠されてしまうのがとてももったいない。これは絶対に読んで損がない漫画だと言える。