月別アーカイブ: 2012年3月

風邪を引くのはたるんでる証拠、という意見はある種正解かも

学生時代の友人に、四児の親になった人がいます。その友人曰く、子供は自分の意志で自由に、熱を出したり下げたりができるといいます。

朝、子供たちがあんまり好きじゃない教科が連続している日は具合悪そうにしており、熱を計るとだいたい37度ぐらいの熱が出ている、ということが良くあるらしく、熱がでてるならしょうがないと学校を休ませると、お昼前ぐらいには元気そうになって漫画を読んだりゲームをしたりしている、ということが何度もあるそうです。この時には熱を測っても平熱に戻っており、むしろゆっくりしていた分、いつもよりも元気らしいです。

そういえば自分が小学生ぐらいの時を思い起こしてみると何となく行きたくない日には、別にズル休みしようという気がなくても学校にいく時間が近づいてくるに連れて段々と具合が悪くなってしまい、学校を休ませてもらったことが何度もありました。ただ、今日は学校は休みだ。行かなくてもいいんだと思うと、急に何だか体調が良くなって遊びはじめてしまい、「元気になったんだったら学校に行きなさい」と怒られることも、しばしばでした。

また別の友人は、風邪はイメージングの力で治せるとの持論を持っています。学生時代に

「風邪の簡単かつ確実な治し方を知ってるか? 風邪の引き始めにはな、寝る前に菌やウィルスが体に潜入しようとしている光景を思い浮かべて、それを自分の白血球がボコボコにやっつけている姿をイメージすると、次の日の朝には風邪は治っているんだよ」

という話を、何回聞いたことか。何となく宗教じみているというか、その時は適当に聞き流してましたが、そういえばその友人が風邪を引いている姿を見たことは一回もありません。クラス中の人間が順繰りに風邪を引いているような状況においても、一人元気そうでした。

また昔の体験を思い出してみると、いわゆるデスマーチ的で、(スケジュール的に)絶対に風邪を引くことができない大きなプロジェクトに参加していたときは、どんなに疲れていても風邪を全然引かなかったのに、少し山を超えたあるいは超えられることが確実に見えるようになるとバタバタと風邪を引く人が増える、ということが何度もありました。

こう考えると、体育会系の人がいろんな時に言う

「気合が足りないぞ」

「それは気合の問題だ。」

という台詞も、あながち嘘ではないというか、ある一定以上の効果はあるんじゃないかな、と思わされます。

最近は、首にタオルを巻いて暖かくして早めに寝ると、風邪は引き始めの時点ですぐ治すことができるということに気づいたため、風邪を引く事自体があんまり無くなりましたのですぐに試す機会はないかもしれませんが、イメージングの力も利用するのもいいかもしれないな、と思いました。


五本指靴下を履いたことがない人は人生を(少し)損している

正直、まさか自分も愛用する時が来るとは思ってもいませんでした。

うちの嫁は、靴下を履くときは常に五本指靴下というコダワリの人です。初めて履いているのを見たときは、五本指靴下のあまりのダサさに大笑いをしてしまいました。その良さを色々言っていたような気がするけれど、見た目のインパクトだけが印象に残っており、ほとんど内容を覚えていません。

ある日、嫁の買い物に付き合ってユニクロに行くと、たまたま五本指靴下のセールをやっていました。まぁそんなに愛用しているんならきっと、普通の靴下よりもいいところが何かあるんだろうな、無駄になったとしてもどうせ一足だけだ、と思い試しに買って見ることにしました。

普通の靴下と大して変わらないよな、と思い試してみたら・・・はい、ごめんなさい。五本指靴下を正直舐めてました。すごくいい。

靴を何時間も履いていると足が段々蒸れてきて、指の間にすぐ汗をかいていましたが、五本指靴下の場合は通気性がいいからなのか、まったくそういうことがありません。仕事中は靴を脱がないと蒸れて気持ち悪かったのが、別にどっちでも気にならなくなりました。今までなぜ試してみようと思わなかったのか、過去の自分を攻めたい。

指先がわかれているため足の指一本ずつ履いていかないといけないのがちょっと面倒臭く、またちょっと格好悪い。でもあんなに馬鹿にしていたのに、今では全部の靴下が五本指になってしまいました。むしろ、五本指靴下じゃない理由がありません。

五本指靴下を履いたことがない人は、ぜひ一度騙されたと思って試してみてもらいたい。世界が変わります。マジで。


【移動】PukiWiki Plus! を Ubuntu にインストール

Wikiはずっと Pukiwiki を使ってきたんですが、その後継版(?)の PukiWiki Plus! というものがあると知ったので、Ubuntu にインストールしてみました。

PHP5.3 対応やHTML5+jQueryUIポートを行なっている PukiWiki Advance というものもあるようですが、7-zip形式という良くわからない形式でアーカイブされているので試すことはできませんでした。

PukiWiki Plus! のインストール方法は普通の Pukiwiki とほぼ同じようで、多少 locale の設定で迷った位で簡単にインストールできました。

まずは /etc/locale.alias に utf-8 の設定を追加して、ロケールを作り直します。

ja_JP           ja_JP.utf8

% sudo locale-gen

その後、Apacheを再起動すれば前準備は完了です。ロケールが正しく設定されていないと、英語表示となります。詳細に関しては PukiWiki Plus! の質問問箱/247 が参考になるかと思います。

あとは PukiWiki Plus! をインストールするだけです。まずはgitからファイルを持ってきます。

% git clone https://github.com/miko2u/pukiwiki-plus-i18n

次に適当なディレクトリに移動して、Basic認証の設定とファイルのパーミッションを修正します。

% htpasswd .htpasswd xxxxuser
% sudo chown -R www-data *

あとは auth.ini.php でパスワードを設定したり、各種 ini で自分のお好みの設定をすれば完了です。

$adminpass = '{x-php-md5}' . md5('xxxpasswords');

2012/03/29追記:会社にあった Ubuntu 11.04 で試した場合、デフォルトの状態が変わったのか、日本語関係の設定がされてないだけだったのかわかりませんが、locale-gen の前に、言語パックなどのインストール・設定が必要でした。

% sudo aptitude install language-pack-ja
% sudo localedef -i ja_JP -f UTF-8 -A /etc/locale.alias ja_JP.UTF-8

 


【移動】zphoto を Ubuntu 10.04.4 で使う

お手軽にフォトアルバムを作る必要があったので、ものすごく久々に zphoto を Ubuntu で使ってみました。

libming-dev, libpopt-dev, libimlib2-dev をインストール後に configure, make してみると、下記のようなエラーで止まってしまいました。

make[2]: Entering directory `/home/xxx/tmp/zphoto-1.2'
g++ -DHAVE_CONFIG_H -DLOCALEDIR=\"/usr/local/share/locale\" -DZPHOTO_TEMPLATE_DIR='"/usr/local/share/zphoto/templates/default/en"' -DZPHOTO_FONT='"/usr/local/share/zphoto/fonts/EfontSerifB.fdb"' -DZPHOTO_TEMPLATE_DIR_RELATIVE='"templates/default/en"' -DZPHOTO_FONT_RELATIVE='"EfontSerifB.fdb"' -I. -I. -I. -I.        -O2 -Wall -Wunused -Wuninitialized -c -o image.o image.cpp
image.cpp: In function 'int convert_needed_p(const char*, const char*)':
image.cpp:557: error: invalid conversion from 'const char*' to 'char*'
image.cpp:558: error: invalid conversion from 'const char*' to 'char*'
make[2]: *** [image.o] Error 1
make[2]: Leaving directory `/home/xxx/tmp/zphoto-1.2'
make[1]: *** [all-recursive] Error 1
make[1]: Leaving directory `/home/xxx/tmp/zphoto-1.2'
make: *** [all] Error 2

このエラーを調べてみると、Getting Invalid conversion from const char* to char* on gcc 4.4.1 にもある通り、gcc(g++)のバージョンが 4.4 なのが問題のようです。g++のバージョン4.1を下記のようにしてインストールしました。

 % sudo aptitude install g++-4.1

後はMakefileのCXXをg++-4.1に変更することで、無事にコンパイルが通るようになりました。

% diff -u Makefile.org Makefile
--- Makefile.org     2012-03-26 22:39:09.413993750 +0900
+++ Makefile     2012-03-26 22:41:33.549992947 +0900
@@ -138,7 +138,7 @@
 CFLAGS = -g -O2 -Wall -Wunused -Wuninitialized -Wmissing-prototypes -Wmissing-declarations -pedantic
 CPP = gcc -E
 CPPFLAGS =
-CXX = g++
+CXX = g++-4.1
 CXXDEPMODE = depmode=gcc3
 CXXFLAGS = -O2 -Wall -Wunused -Wuninitialized
 CYGPATH_W = echo

コンパイルが必要なアプリを入れたのは何年かぶりですが、gcc4.4で同様の問題にハマっている人は結構多いみたいです。有名な問題(?)なんですね。

 

 


曖昧な感覚は、「名前」を付けると具現化する

以前、漫画版の風の谷のナウシカを読んだ時に、名前を付けられると急に巨神兵の知恵のレベルが上がる、というシーンがありました。理由を明確に説明しているわけではないので、これを読んだときは理解できませんでしたが、「名前をつけたことによりレベルが上がる」ということが、最近理解できた気がします。

Wikipediaで名前 を調べてみると、

名前は識別するために、物や人などに付けられた言葉のことで、名前があることにより存在を認識できる

という旨のことが書かれていました。確かに名前があると、要するにそれが何かということが理解できるようになり、他人と共通認識を持て、またそれについて話し合うことが出来るようになります。

いま仕事で作るWebサイトで、開発する時の細かい仕様やプロセスなどの標準化を進めようとしています。これをxxxxの時のルール、yyyyの時のルール、といったように、個々を別々に呼称していると統一感が無いというか、それぞれ別々のものが無数にあるように感じます。ですが、それらにまとめた名前を付けることに成功すると、個々のルール全てを抽象化した概念の理解が進むように思います。

ネットの世界にはRFCという名前の、標準あるいは標準化したい事柄に対する提案文書があります。いま作ろうとしている標準化文書をどう共有していくか、どう書こうかといったことを何となく考えているうちに、文書群を xxx RFC(xxxは社名)と呼べば全てがしっくり来ることに気づきました。名前をつけることで、ぼんやりとした標準化文書(集)が急に形を持った、明確なもののように感じられるようになりました。

ナウシカの漫画の例のように、「それ」という代名詞で代用出来てしまうものに対して名前をつけても、抽象度が変わらないためあんまり有り難みがない気がしますが、そもそも一連の物語を総称して「風の谷のナウシカ」という名前が付いているわけです。「名前」という物を意識しはじめると、急に身の回りの、モノや現象に付いている名前が気になるようになりました。

「きもい」とか「うざい」といった女子高生発信の単語が一気にポピュラーになったのも、曖昧な感覚をうまく説明しきる言葉だったからなんでしょうね。


ホウキのある生活

まだここ一年ぐらいの話ですが、掃除をするときに掃除機を使うのを止めて、箒を使うようになりました。

それまでは普通の掃除機(ダイソン旧型)を使っていました。ダイソンは普通の掃除機と比較してもホースを取り回しづらく、またすごく音がうるさい割には、吸引力は他の掃除機とあんまり変わりません。そのため掃除をはじめるまでが億劫で、ホコリ等が目についても、ある程度勢いが無いと、中々掃除をやる気になりませんでした。

ある時、たまたまネットの記事で、棕櫚箒(シュロボウキ)の存在を知りました。棕櫚箒はシュロの木の皮を束ねて作られたホウキのことです。普通のシュロぼうきと、皮の中でも太い繊維を集めて作られた鬼毛棕櫚箒の二種類があります。

普通の棕櫚箒は使い始めは結構シュロの粉が出るらしいですが、鬼毛箒であればほとんど出ません。また結構毛が硬いため、絨毯や畳を掃くこともできます。うちで使っているのは この鬼毛棕櫚箒 で、買ったときは12,600円でした。単なる箒と考えるとちょっと高いですが、いい物を所有する喜びを感じられます。部屋にあってもなんだか絵になります。

掃除をする時は普通に箒を使ってホコリや抜け毛などのゴミを集めて、チリトリかハンディークリーナーでゴミを吸い取ってるだけです。掃除機と違ってホコリもあんまり巻き上がらないので、同じ所を二回も三回も掃除する必要はありません。

一時期はクイックルワイパーを使っていましたが、貧乏性なのか、一回掃いてシートを捨てるのは何だかもったいないし、かと言って手でシートに付いた抜け毛やホコリを取るのも面倒臭いので、あんまり使わなくなってしまいました。

箒で掃除をするようになってまだ一年ぐらいですが、箒を使って掃くという行動がなぜか楽しいです。立てかけてある箒をちょっと持ってきて掃くだけなので心理的障壁も小さく、ちょっとしたホコリや抜け毛に気づいたらすぐに掃き掃除をするようになりました。掃除をするという行為に対してまったく無理をしてないので、気づいたら掃除をするということが自然な習慣になりました。

箒のお陰で、ホコリのない綺麗で快適な生活を送ることが出来るようになりました。棕櫚箒は箒としてはちょっと高いですが、いい物を買えば20〜30年位は使えるそうです。箒のあるちょっとしたいい生活、おすすめです。


不動産紹介会社はリピーターを増やすことを、もっと意識した方がいいと思う

隣人や物件で何が問題があった時に、最悪引っ越すという選択肢を取れるように、賃貸物件に住むことを選択しています。引っ越す理由としては仕事の関係か、住環境で何らかの不満があった時で、およそ数年に一回ぐらいでしょうか。

いつも似たようなエリアで引越しをするため、仲介手数料を節約するために大体はネットでおよそのアタリを付けて、その物件を扱っている不動産屋に直接連絡して見せてもらうようにしています。いわゆる貸主物件というやつですね。

ただ過去に一度だけ、どうしても譲れない条件があって、それに対応した物件はあまり数が多くないために、仲介専門の某大手不動産紹介会社を使いました(代理とか仲介とかの説明は All Aboutの記事 が詳しいです)。

その不動産紹介会社は、いざ成約となって仲介手数料を振り込むまでは結構頻繁に連絡が来ていたのに、振り込んだ途端に一切の連絡がなくなりました。振り込み確認の連絡すらありませんでした。

不動産紹介会社の価値はどこ?

他の不動産紹介会社にあまり流さない、そこ独自の物件を持っているならともかく、複数の紹介会社に同時に流されている物件を扱っている紹介会社の場合、物件そのものの価値では勝負ができません。

基本的には取扱物件という商材を、左から右に流すだけのビジネスです。その紹介会社ならではの付加価値は何でしょうか?

  • 大量の物件を取り扱っている
  • 他にはない、独自の掘り出し物物件を持っている
  • ペット可物件に強い、楽器可物件専門など、特化している強みがある
  • 手数料が安い
  • 感動のサービス

考えられるのはだいたいこんな感じでしょうか?

不動産紹介会社と人材紹介会社は似てる

人材紹介会社は利用する方ではなく、求職者を紹介頂く立場なので実情を詳しくは知りませんが、利用した人に聞くと人材紹介会社も不動産紹介会社のケースと同様のようです。入社(あるいは内定)まではちょいちょい連絡が来ますが、入社後は一切連絡が無くなるそうです。

内定を取るための手助けをしてくれたのは事実だけど、ちょっとビジネスライクすぎると感じるみたいです。もちろん全員が全員そう感じるわけではないでしょうが、少なくともこう感じる人は、その人材紹介会社のリピーターにはならないでしょうね。

紹介会社はどうすべきか

利用者側にとっては日常的に使うサービスではなく、また手数料ビジネスなので数をこなさないといけないのはわかります。ただ、リピーターが存在し得るサービスなのに、ビジネスのやり方というか、プロセス設計がちょっとずさんに感じます。

新規に関係を作るより、過去の関係を再利用した方がコストも安いですし、ある程度人格がわかっているためリスク(例えば変な人に当たる、など)も少ないです。

成約後のフォローを実施して、次の機会への種まきをしておくべきだと思います。

ちょっとだけコスト(時間)をかけて気持ち良く取引がクロージングすれば、次にまた引越し(あるいは求職)するときに、必ずそこに声をかけます。人は終わりの印象を一番覚えているものなので、どう終わるかということに一番気を使う必要があります。

また一定期間経過後に、関係を掘り起こしすることも重要です。メールでもかまわないので、年に一回ぐらいは様子伺いを兼ねたメールを送るべきだと思います。文面はほとんど同じでもかまわないです。これは、引越し/転職をしようかなーと思っている温度感であっても最初にリーチできる可能性が高いため、ほとんど工数・コストを必要としないにもかかわらず、とても効果的です。

自分が事業者側でも顧客側であっても、お互い、気持ちの良いビジネスが出来るといいですね。


職務経歴書を書くときに、読む人のことを考えていますか?

お陰様で会社の業績が好調です。常に人出が不足してるため、およそ月に1〜2回のペースで求職者の面接を実施しています。

あまりにも・・・というレベルの人は人事ではねているため書類審査を通った人だけを見ているはずなんですが、面接官、つまりそれを読む人を意識していない職務経歴書を書いてくる人が非常に多いです。

良くある例としては、

  • 西暦と和暦が混在していて時系列がよくわからない
  • やったプロジェクトの案件名やカテゴリは書いてあるけど、肝心の業務の内容が不明
  • PMやリーダーといった役割の名前だけは羅列しているけれども、実際に何をやってきたのかわからない

など、職務経歴書はその名の通り「職務の経歴という情報」を伝えることを目的とした書類なのに、必要な情報がまったく不足しているものがとても多いです。

読む側は何を知りたいのか?

これは、面接を実施する側の視点で考えれば非常に簡単です。この人はどういう人なのか、これまで何をやってきたのか、自分の会社に来たら何をやれるのか? ということを読み取りたいと思っています。

読み手の視点が欠けている場合、必要とする情報がまったく不足しています。せっかくの面接の内容も、これまでの経歴を一から確認しなければいけないため、お互いにとって時間の無駄になってしまいます。

そのため繁忙期などスケジュールに余裕が無い時は、よほど幅広い業務を経験している(と思われる)場合を除き、残念ながら書類で落とすことも多々あります。書式なんてどうでもいいんです。実施したタスクとその内容を具体的に記載してもいいですし、あるいはもう少し抽象的な内容での説明であっても、まったく問題ありません。

なぜそうなるのか?

このことを実際に直接確認したことはありません。ただ、おそらく職務経歴書を書く目的をきちんと理解しておらず、書く側だけの視点だけで書き上げてしまってるのではないでしょうか。あたかも「TSUTAYAの会員証を作るには身分証明書の提示が必要」というぐらいの意識なのかもしれません。

書くことは自分のことを知ってもらうための単なる手段であり、相手に読んでもらって「自分を理解してもらうこと」が目的です。世間的に知られたよっぽど有名な案件じゃない限り、案件名を知っても何もわかりません。

あまりにも西暦和暦を混在して書いている人が多いので、サンプルとした人材紹介会社の記入例に問題があるのかも。ある箇所は例が和暦になっているから和暦で書き、また別の箇所は西暦になっているから西暦で書く、と思っているのかもしれません。

どう書くべきか

これは商品の販売などとまったく同じだと思います。「自分」という商品に価値を感じてもらい、買おうと思ってもらう。そのために必要な情報を伝える、ということが目的のはずです。

細部まで事細かく書けばいいわけではありませんし、具体的にどう書くべきかはケースバイケースではありますが、どういう情報をどう伝えれば自分の価値が伝わるのか、あるいは何を理解してもらいたいのかという視点で考えて書くべきです。

 内容が簡潔にもかかわらず情報が足りていない感をまったく感じさせず、むしろもっと深く知りたいと思う方には、比較的「デキル」人が多いです。面接自体も、書いてあることはもう既にお互いの共通認識とした所から開始できるので、より詳しい部分を深堀りして聞いたり、あるいは逆に求職者からの質問に対する回答の時間も長く取ることができます。

そもそもそこを理解して書いて来ている人は、面接で落としたことは無い気がします。


今更ながらレコーディングダイエットで健康的に痩せました

昔はどちらかというと標準よりも少し痩せ型でした。ただ35歳を過ぎた頃から、代謝が落ちてきたせいなのか、それまでと同じような食生活にもかかわらず、段々と太って来ました。腹回りも心なしかちょっぴり太めになったかも?

運動する習慣も無いし、周りの友人達も段々と太ってきたので、少し危機感を持ち始めましたが、がっつりダイエットをするモチベーションもそんなに無いし、特に何か行動を起こすわけでもなく何となく何もせず過ごしていました。ある日、図書館に行くと、たまたまレコーディングダイエットの本を見つけました。一時期話題になったので名前だけは知ってたんですが、原典(?)を読んだことはありませんでした。

内容は今更なので詳しくは書きませんが、レコーディングダイエットは要するに、体重と、食べたもの(とそのカロリー)を記録しましょうというメソッドです。体重は摂取したもののカロリーから、運動によるカロリー消費を引いた残りのカロリーにより増減し、だいたい7000kcalで1kg分ぐらいの体重に換算できます。つまり7000kcal摂取すると+1kgに、7000kcal消費すると-1kgになる、ということです。数値化による見える化のカロリー版ですね。

数値化することそのものにはあまり意味がありませんが、例えば前日と比べて今日の摂取カロリーは多いのか少ないのか、今週の総カロリーはどうだったのかなど、数値にすることではじめて比較することが出来ます。同じ物をいつも食べているならともかく、食べたものそのものや体重を管理しても、あんまり意味はありません。ですが数値でカロリーを記録していれば、今日はもう少し食べてもいい、あるいは食べ過ぎなので止めるべきなど、次の行動を安心して決めることができます。

非常にわかりやすいメソッドですね。体重をグラフにして増減を見えるようにする、という方法もあるとは思いますが、この方法だと直接の因果関係ではなく、間に一枚挟んでいるというか、食べたものが直接体重に影響するわけではないので、イマイチしっくり来ません。

レコーディングダイエットとして実際にやったこと

カロリーの集計には iPhone アプリの
カロリー管理(痩せるアプリ) を使っています。このアプリには食べたもののカロリーを検索する機能があるので、普段外食で食べている物のカロリーを良くわかっていない自分には、ぴったりのアプリでした。

早速このアプリでレコーディングダイエットをしてみた所、およそ一日に2300〜2500kcal摂取していることがわかりました。まったく意識していませんでしたが、毎日おやつとジュースを飲んでいることもわかりました。

試しにまずは摂取量を1600kcalにあわせてみたんですが、これは失敗です。実施前の体重はおよそ67kgぐらい(身長は170cm)でしたが、一週間ぐらいこの生活をして見たところ、いきなり一週間で1kg落ちてしまいました。

ダイエットの良くある失敗例として、リバウンドがあります。食べたいものを無理して我慢しても、無理をしているため段々我慢ができなくなってしまいます。体は低カロリー状態に慣れてしまい、カロリーを効率良く使う体に変化してしまっているため、落ちた以上のスピードで体重が増えてしまいます。またカロリーを制限するという自分との約束を何度も破っていると、挫折感と共に結局ダイエットを諦めてしまいそうになります。

そこで体重変化が急カーブにならないように、一日のカロリー上限は、2000kcalまでならOKということにしました。重めの食事で無い限り、三食普通に食べてもおよそ1700kcalぐらいでしたので、オヤツ一つぐらいなら制限ギリギリで大丈夫です。

レコーディングダイエット実施の結果

2000kcal生活を続けておよそ2ヶ月。途中に新年会ラッシュがあったにもかかわらず、現在の体重は64.5〜65kgの間で安定しました。

食生活も少し変わりました。今までは何となくおやつやジュースを飲んでいたんですが、買う前に一度その日のカロリー数を見る習慣ができたため、間食の回数と量が減ってきました。また普段食べるものも、だいたいどういうものがカロリー高そうなのかがわかってきたため、あまりカロリーが高そうなものは自然と回避するようになってきました。

また運動嫌いでほとんど運動はして来なかったんですが、体重変化が楽しくなってきたからか、スポーツクラブに通うようになりました。

いまは運動後のご褒美として、おやつを食べるようにしています。運動のカロリーもおおよその数値を計算しているため、どれぐらいのカロリーの物までなら気兼ねなく食べられるかすぐにわかります。

最近、久々に会った人に体型が全く変わらないよねー、と言われるようになりました。
レコーディングダイエット、おすすめです。


外部から(SEO観点での)サイトの品質を下げることが可能なの?

ちょっと古い記事ですが、Web担当者Forum ミーティング2011 Autumnの日本Googleグーグルの金谷武明氏の発言 (下記)があまり話題になってないのはなぜなんでしょうか?

たとえば、プロモーションの依頼先である外部の会社が悪質なSEOをしていたような場合だ。その中でも多く見られるケースは、外部からの不自然なリンクだ。このようなガイドラインに違反したリンク施策は外部の会社から報告されないことが多く、サイトだけを見ていても気づくことはない。

外部からのリンク操作に関しては、ウェブマスターツールの「ウェブ上のサイト」>「サイトへのリンク」で確認できるので、一度チェックしてみるといいだろう(ヘルプフォーラムの関連スレッドにGoogle社員からの回答がある)。

どこで(しかも何語で)読んだか忘れてしまいましたが、外部要因ではサイトのSEO的品質は上がることはあっても下がることは無かったと言ってたはずです。

外部要因で下げることが可能な場合、これを悪用すると、悪意を持って「悪質なSEO」をしまくることで競合サイトの品質を下げることが可能になってしまいます。これは感覚的とも一致していたので、たしかにそのとおりだと納得した記憶があります。

あるいはSEOを過剰に意識するようになっている現在のWebサイト開発と、悪質なSEO業者によるノイズを少しでも削減するためのポジショントークでしょうか? いずれにせよ、不誠実な競争が促進されるようなことは止めて欲しいですね。