月別アーカイブ: 2012年12月

オプティマが折れたのでカスタム743を買った

まだ買って半年ちょっとなのに、先日買った アウロラのオプティマが折れてしまった。キャップを回していつものように使おうとしたら、ぽっきりと半分に。

折れた場所は、ちょうど他の万年筆で言うところのコンバータのあたり。確かにどこかのサイトの記事ででも、「軸のところがエボナイト製で脆い」というような記事を読んだことがある。常にキャップを締めすぎないように締めすぎないようにと、注意して使っていたのにも関わらず、あっけなく折れてしまった。

2012年最後の日にも関わらず、ツイテない。ただ、今年最後の厄落としと思い、いや、そうとでも思わないとやってられない気持ちを持ちつつも、オプティマを買った日本橋の丸善に、保証書と共に持っていった。

年末年始なので修理が終わるまで一ヶ月半ぐらいかかるとのこと。保証内なのでおそらく大丈夫だとは言われたけれど、もし有償修理の場合には16,000円ぐらいかかってしまうらしい。

万年筆は会社で使うことが多い。特にノートの上で思考整理をするときには欠かせない道具になった。万年筆の、ある程度ゆっくり書かないと線がカスレてしまうというその特性柄、ボールペンよりも丁寧に書くことを強制される。そのせいだけじゃないとは思うけど、万年筆で思考整理をすると、やたらと捗るように感じる。万年筆デビューからまだ半年ちょっとだけど、もはや万年筆無しの生活には戻れない。

さて、修理には出したものの、修理までの一ヶ月半もとても待てない。その代替というわけじゃないけど、あちこちで評判の良い、パイロットのカスタム743(M字)を買ってしまった。税込みで31,500円だった。

オプティマに比べて少し細くて軽ように思える。これはこれで書きやすいので、他のものとあまり比較するようなものじゃないんだろうけど、いまいち物足りないかも。

ふと「人はこうやって色々な万年筆に手を出して、ハマっていくんだろうな」と思った。コレクションの趣味はないので、道具は使ってあげてはじめて意味がある。これ以上買わないように注意しないといけない。


トータルで損が減るなら、必要悪もしょうがないと思う

「努力をしない人間は死んでもしょうがない」

そう思っていた時期が自分にもあった。確かに努力もしない人間に対して手厚いサポートや、いい待遇を与える必要はない。しかし努力しない人間を淘汰した結果、組織や人間にとって逆に害を及ぼしてしまうこともあるということを意識した上で、淘汰する方法を考える必要がある。

主にインターネットの普及によって、今まではプロしか居なかったメディアに対して、アマチュアやセミプロがどんどん侵食してきている。いい加減なエセプロのような人間は追い出されてきている一方、真のプロと言える人にとっては、アマチュアやセミプロとその品質を比較されることにより、その価値がよりハッキリ見えるようになっている。

エセプロの駆逐は一見いいことのように見える。しかし駆逐=この世から居なくなってくれるわけではない。そうしたエセプロは、ちゃんとしたスキルがないことから目の肥えた人たちを相手にすることが出来ず、初心者に対していい加減な知識でモノを言う有害な人間になってしまう。エセプロを駆逐することにより、全体にとって有害な結果になってしまう。

今日の日経の記事に、公的資金で製造業支援 資産買い取り1兆円超という記事があった。いつもの日経の飛ばしの可能性もあるけど、この記事を信用して読んでみると、要するに「リース会社と政府が共同会社を設立し、電機メーカーの既存設備(要するに過剰資産)を買い取る。これにより手元資金を増やすことで、新たな設備投資をできるようにする」のが目的らしい。

「この状況で、設備投資のための資金を調達できるのか?」「資金調達できなければ、手元資金の範囲内でしか投資できないんじゃ?」
と感じる所もあるけど、今の状況だと必要悪ではないだろうか。

今までいったい何に投資してきてるんだと思わなくもないけど、今の状況で各電機メーカーの投資が縮小していくと、リストラがさらに加速化していくのは避けられない。さすがにそうなると日本が持たなくなると思う。

確かに一時しのぎに過ぎないという意見もあるけど、今の状況はその一時をしのがないと、本当にまずい状況にある。リストラされて無職になられると失業保険や生活保護の出費が増えてしまい、トータルで見るとコスト高になるのではないか。リストラ候補生達の雇用が継続している限り、最終的には所得税やその他の税金として(一部は)返ってくることが期待出来る。

この「公的資金で製造業支援」というニュースに対して厳しい立場の人は、自分に能力がある人が多い。特に腕一本で生きているほど、そう感じるようだ。確かに自己責任ではあるけど、出来ない人間であっても最低限食わせてやる必要がある。自己責任、淘汰された人間のことなんか知らない、という意見もある。しかしあまり追い込んでしまうと、短絡的に無差別殺人テロのようなことを起こされる可能性だって、捨て切れない。トータルで損じゃなければ、必要悪だと思って我慢するのも仕方がないと思う。


訴訟によりタバコの喫煙を止められるかもしれない判例ができそう

二日前の12月28日のニュースだけど、時事ドットコムというサイトで ベランダで喫煙は違法=階下住民に賠償命令-名古屋地裁 という記事を読んだ。これは「ベランダで吸う煙草の煙により体調が悪化したため、階下の男性に対して損害賠償を求めた」という訴訟で、「受忍限度を越え違法」と認定された。

記事の中にある「受忍限度」とは何なのかを調べてみたが、非常に曖昧な定義になっている。

被害の程度が,社会通念上我慢できるとされる限度。この限度内では損害賠償や差し止めの請求が成立しないとされるため,公害に関する訴訟などにおいて問題となる。

主に騒音、匂い、光、振動といった主に人間の感覚に関するものはこの受忍限度で争われるみたいだけど、明確な基準が無い。ベランダでのタバコの喫煙を禁止する法律はないので、今回の裁判は受忍限度を超えたかどうかで争われたようだ。しかし、第二東京弁護士会人権擁護委員会受動喫煙防止部会のブログに「タバコ煙の場合,この量までなら生命健康に安全という安全域はありません.したがって,受動喫煙問題に受忍限度論はあてはまらないでしょう.」ともあるように、なかなかタバコの害を「受忍限度」で争うのは難しいようだ。

今回の裁判は、一回で判決が出る少額訴訟ではなく通常訴訟で争われたという点がポイントではないかと思う。過去に法人同士の裁判に少し絡んだことがあるけど、あれはかなり面倒くさい。答弁や反論を出すのは二ヶ月に一回程度だけど、判決まで優に一年はかかってしまうため、勝つことに対してよほど重要なことでない限りはまたやろうとは思わなくなる。今回の裁判では150万円の損害賠償だっため、60万円までの訴訟しか出来ない少額訴訟は選択しなかったのかもしれないけれど、ここまでお互い、かなり根気と体力のいる戦いだったのではないか。

金額だけを見ると、喫煙を続けてまた訴訟を起こされても大した金額では無いけれど、「また今回のような面倒くさい裁判を繰り返すぐらいならタバコを吸うのをやめる」と思ってくれることを期待出来る。損害賠償請求という形を取りながら、実は本当の目的であった「タバコの受動喫煙が無くなる」ことを実現出来る。

この名古屋地裁の堀内照美裁判官は、名前で検索すると「またやりました堀内 照美 裁判長のとんでも判決!」といった書き込みも見つかり、ある意味有名な裁判官らしいが、この判断についてはそこそこ妥当なのではないだろうか。喫煙をやめるように申し入れた回数や期間はわからないけど、原告の精神的苦痛を認定した上で、かつ一定の受任義務はあるとしている。嫌煙家である原告の立場としては5万円しか認定されなかったので、一見あまり割にあわない結果に終わったように見えるけど、今回のケースの場合には「裁判に勝った」ということ自体が重要だろうと思う。


嫁がわりとダメ人間

うちの嫁は小心者だけど、基本的なことがいまいち出来ない。リビングのドアをきっちり閉めることができなかったり、物を定位置に置くということができないので、いっつもティッシュや携帯やらを探している。新たに始めようとしたことは三日坊主で終わればいい方で、だいたいは初日の一回で終わってしまう。

なぜ出来ないのかを色々聞いてみたけど、どうやればいいかがわからなくて出来ないわけじゃないみたいだ。一言で言うと「わかっちゃいるけどやめられない」というのに近い。過去に決めたことに対して自分との約束を守れない。要するに習慣化するスキルが無いんだろう。習慣化して定着してしまえば、あとは放っておいてもいいはず。

何かを習慣化する場合、それが定着するまでには3つの段階があるらしい。

最初の1週間は反発期で、一ヶ月以内に挫折した人の42%がその習慣をやめたくなるらしい。これに対処するには、少しでもいいからとにかくやり続けることがコツのようだ。

2週目と3週目は不安定期。40%の人が、急な割り込みなどによって予定が振り回され、実行がおざなりになってしまいやめてしまう。継続のための仕組みづくりをすることによって、乗り越えられるみたいだ。

そして最後の1週間は倦怠期。飽きてしまって中断してしまう。やり方をちょっと変えるなど変化をつけることで、また新鮮な気持ちで継続できる。

一ヶ月を無事に乗り越えると、その習慣は定着化できたと言える。2ヶ月目からは求める物をより厳しくしてみたり、別の方法を試したりなど、アレンジを楽しめるそうだ。

確かに自分自身のケースを振り返ってみると、ある程度それをやることの目的を明確にしてから習慣化しているため、反発期や倦怠期で中断することはあまりない。ただ不安定期は危ない。質に満足できなくて、もういいやと思ってしまってやめてしまうことがある。少なくとも習慣化するまでは、「質は量からしか生まれない」と常に思い続けることが重要だろう。

しかし、そもそも習慣化させるにはどうしたらいいんだろうか?


【移動】受注者にとって「やりづらい」発注者になるには

社内の自分の目が届いていなかった部署で、ある開発会社に対して明らかに不要な費用を支払っている例があった。横柄になれとか圧迫しろという意味ではなく、騙しづらいという意味で、受注者にとってやりづらい発注者になる方法を考えてみる。

知識がないと騙される

業者にいいようにされてしまう場合、往々にして自分達に適正な知識が無い場合が多い。業者から出された金額や工数、あるいはその作業内容が妥当なものかどうかを自身で判断することができないため、そのまま丸呑みするしか無くなってしまう。最近あったケースだと、問題集アプリを作ってもらった業者に、別の問題を差し替えるだけの作業にも関わらず、初期開発の時と同じぐらいの費用を請求されていたということがあった。これは直前に知ることが出来たのでストップかけられたけど、危ないところだった。

自分でちょっとしたものなら開発できるぐらいまで知識を身につけておけば、勘所を理解できるようにはなると思う。ただ、いま騙されてしまうレベルの人達にそれを求めるのはちょっと難しい。

受注側の事情

発注者側の理不尽な依頼や、締め切り直前の急な仕様変更などに振り回された経験のない受注者は居ないと思う。明らかに騙しに来ている場合はともかく、誠実にやろうとしている受注者であっても、可能な限りバッファをいっぱい取りたいと考えてしまう。往々にして発注者側の怠慢や横柄さを起因とした結果でもあるため、なかなか業者だけを責めるのは難しい。

「比較」は知識の代替になる

まったく未知の領域の事柄で、自分自身に知識が全くない状況にも関わらずその評価をしなければならない場合には、同種の物を「比較」することで知識不足を補うことが出来る。複数の業者に相見積もりをすることで、見積もりのケースにおいて「比較」をすることが可能になる。

複数の見積もりを比較することで、作業項目やその単価がわかる。比較をすることで、突出したものや過剰な項目、あるいは不足しているのが何かを把握することができる。不明なことがある場合には、全ての会社に対して同じ疑問をすることで、騙されずに「正解」を知ることが可能だ。つまり、たとえ自身に知識が不足していたとしても、相見積もり先の企業の知見を間接的に借りられる。

相見積もりをされた場合、受注者側は自分達と同様の知識・スキルを持った同業者との戦いになるため、かなり「やりづらく」なる。さらに、相見積もりを取っているということを事前に言うことで、「やりづらい」効果は増していく。


いまだからこそ、防災のために用意しておくべきモノ

先日もわりと大きな地震があったけど、いまだにいまいち地震への備えができていない。昨日発売のNewton で富士山噴火特集を読んだのをきっかけに、あらためて防災準備の必要性を考えさせられた。これから冬休みに入るので、買っておくべきものはこの機会にきちんと用意しておこうと思う。

起こり得るインシデントとその対策

基本方針としてはやろうと思ったら際限なくやれてしまうので、「何かインシデントが発生したとしても、一週間以内にいったん収束するか、あるいは何らかの改善がある」という前提で考えてみる。長期化した場合や、原発事故のように手を打ちづらいようなものは対象外とする。いったんは3日耐えられればいい、と仮定。

交通網が停止した場合

帰宅難民になる。一晩ならオフィスに止まるか、あるいは頑張って歩いて帰ればいい。家にある程度の備蓄があれば自分以外の家族は困らないので、慌てて帰る必要はない。これは特に手を打たなくてもよさそう。

ネットが断絶した場合

情報が入ってこなくなる。外部との連絡が取りづらくなる。テレビ、ラジオ、電話があれば情報を受け取る事はできる。電池や手回しで聴けるラジオを用意しておけばいいか。

ガスが止まった場合

お湯を沸かせないし、料理が出来なくなる。風呂はウエットティッシュなどで我慢できるし、料理は火を使わないもので耐えられる。ただ、嫁が帰ってこれなくなったり、ストレスやショックで母乳が出なくなった場合は子供のミルクが作れなくなってしまう。これはまずい。

最低一日、出来れば三日ぐらいお湯を沸かせる準備が必要。電気があること前提なら電子レンジが使える。それもダメな時のために、カセットコンロのようなものを用意すべきだろう。

断水した場合

まずは何日分かの飲み水を確保する。大人1人は一日2リットルぐらいの水を必要とするらしいので、2l x 2人 x 3日 = 12本。結構多いな。トイレは簡易トイレを買っておけばいい。食事は冷食。物流が生きてることを期待。

停電した場合

これはだいぶきつい。最低限、夜に明かりとして使えるライトが必要になる。最悪、携帯の充電さえ出来れば、その明かりで何とかなるので、携帯を充電する方法を用意しておけばいい。

物流が停止した場合

水は備蓄しておくのでOK。食事を確保しておくのは結構大変。ある程度は店頭在庫でいけると思うけど、最低限のものは用意しておくのが無難そう。以前ガイアの夜明けで見た パンの缶詰 を買っておこうかな。

オムツは買い置きの量を計算して、しばらく配送されなくても大丈夫な量をキープするようにすればいい。

富士山が噴火した場合

Newton曰く、火山灰は水に溶けないし電気を通してしまうので、たった1mm程度積もっただけでも、停電や交通機関の停止、物流の麻痺が発生する可能性があるらしい。首都圏には5cm程度の火山灰が降り積もり可能性があるので、結構深刻な問題。

いったん、噴火そのものの対策を考えてみる。火山灰は実際には先端が鋭利なガラス質のものもあり、もし吸い込んだ場合は肺が、目に入った場合は網膜が傷ついてしまう。

外出を最小限にし、かつマスクとゴーグルを用意しておく必要がありそう。ゴーグルは水泳用の水中眼鏡で代用できるかな。噴火したような時は、同じようなことをしている人も多そうなので、あまり違和感は無いだろう。あとはマスクを箱買いしておけば大丈夫。

買うもの・やることのまとめ

  • 電池・手回しラジオ
  • カセットコンロ
  • 12リットル分の水
  • 簡易トイレ(水が要らないタイプ)
  • 携帯充電器(電池式もしくは手回し)
  • パンの缶詰
  • オムツ
  • マスクとゴーグル

こうして見ると、結構買っておかないといけないものが多いな。ただ、災害は本当にいつ来るかわからないから、今回こそはきちんと用意しておこうと思う。


【移動】squid が spam の踏み台になった

一昔前は、グローバルIPを持った回線やサーバを買うコストの問題で、専有サーバを持つのは一苦労だった。しかし最近では、特にVPSサーバが普及するようになってからは、レンタルサーバではなく、専有のサーバを借りることもすっかり珍しくなくなってきた。

VPSによりサーバを持つことのコストが劇的に下がったため、本来であったらサーバ運用も出来ない、そもそも運用で必要なことを理解していないレベルの人が持つようになってしまったため、知らない内に犯罪に加担してしまっている事例が増えているように感じる。

先日知り合いから、「あなたのVPSサーバがspam送信の踏み台になっている。一週間以内に何とかしないとサーバ落とすよ」とVPS運営会社から言われたので助けて欲しい、という連絡があった。昔はクラックされたサーバの調査や再設定などを良くやっていたけど、最近は久しく見ていない。ちょっとワクワクしながらサーバにログインして状況を確認してみる。

spamの踏み台になっているということなので、まずは/var/log/maillog を調べてみたけど、特に不審な点は見あたらなかった。踏み台になっているという連絡があった以上、踏み台になっていること自体は間違いないとは思うけど、状況が良くわからない。

いったんその IPアドレスを RBL で引いてみると・・・出るわ出るわ。あちこちの RBL に登録されまくっていた。これで、少なくとも踏み台になっていた証拠はつかめた。ps で見ても特に不振なプロセスは動いていな・・・! なぜか squid が動いている。

squid のアクセスログを見てみると、もの凄いサイズ。次に netstat してみると、外部の SMTP サーバへのコネクションがある。squid の設定を確認するとアクセス制限がまったくかかっておらず、いわゆる「オープンプロキシ」になっていた。これが犯人だ!

tcp 0 0 192.168.1.1:46708 199.236.32.56:25 ESTABLISHED 607/squid

実際にやったことはないけど、確かに接続先を 25 にすれば、spam を送ることも原理的に可能だ。知り合いに聞いてみると、「過去に実験用として squid を立ち上げた記憶がある。ただ、実験が終わったあとには確実に停止したので、再度起動している理由がわからない」らしかった。

とにかく、squid の停止とアンインストールをして、RBL に delist の申請を行った。その後、特に連絡もないし RBL からも削除されたようなので、事態は収束したようだ。その時はなぜ squid が起動していたのか不明だったけど、その後どうやら、VPS の母艦サーバがハードウェア障害で落ちたため、ゲスト OS にもリブートがかかったらしい。squid が自動起動になっていたので、その時に起動してしまっていた。運用会社から障害報告の連絡がなかったので、再起動したことにまったく思い当たらなかったと。

VPSになってサーバを持つ敷居が下がったのは素晴らしいことだけど、あまり運用に関する知識が無い層の人達も、VPSを持つようになってきてしまった。Heroku や Google App Engine あるいは Windows Azure のような PaaS は、オートスケールなど、どちらかというとプロユースを想定したものになっている。従来であればレンタルサーバを使っていた層を吸収してくれる PaaS は(PaaS に当たらない物を勝手に PaaS と呼んでいる場合を除いて)今の所は思い当たらない。

「安価で使いたいときだけ起動して使う」といったカジュアル利用を目的とした PaaS サービスが出てこないだろうか。それが他社との差別化に繋がるかどうかはわからないけど、使わないときには落とすという習慣により、結果として知らないうちに加害者になっているという状況は改善するように思える。というか、踏み台になってうちに spam を送りまくるサーバは全部落ちて欲しい。


サラリーマン金太郎を読んだら、ソーシャルゲームに課金する人の気持ちがわかった

Kindleのキャンペーンで、サラリーマン金太郎の一巻まるごと無料ダウンロードをやっていた。おそらくは期間限定。「内容の一部だけがサンプルとして読める」というキャンペーンは電子媒体、リアルを問わず時々やってるけれど、丸ごと一冊というのは初めてじゃないかな。さすがにかなりのボリューム。

無料ダウンロードキャンペーンは、その本だけを無料でダウンロードされてしまうだけで終わってしまい、単に利益が減るだけだと言う人もいる。確かにそういう行動を取る人もいるけど、以下のような類の漫画・小説の場合には、それ以上の利益が出る可能性が高い。

  • ストーリーもので、一冊で完結しないもの。逆に、OL進化論やサライネスの漫画みたいな一話完結ものは途中で脱落しても支障が無いため、あまり向いていない。
  • 発刊冊数がある程度以上多いもの。一冊無料ダウンロードさせても、続きの巻の売り上げで按分するとそのコストは非常に低くなる。そもそも電子書籍なら配るコストがかからない。本来だったら一巻を買っていた人からの売り上げ分が減るだけ
  • コンテンツ力が強く、続きを読みたくなるもの。サラリーマン金太郎はまさにこのケース。内容は荒唐無稽だけど、勢いがあって次々と続きを読みたくなってしまう

サラリーマン金太郎は以前に何度か読んだことがあるにも関わらず、一巻を読み終わったら次が読みたくなってしまい、ポチッと続きを買ってしまった。実際はポチどころじゃなく、読んだらポチッ、読んだらポチッ。ふと気づくと5巻まで一気読みをしてしまった。電子書籍とAmazonのワンクリックは相性が良すぎる。気を確かに持たないと、歯止めが利かなくなってしまう。

これってソーシャルゲームの課金に似ている。自分はソーシャルゲームで課金をしたことはないけど、勉強の為に怪盗ロワイヤルをやってみたことがある。ゲームとしてはまったく面白くなかった。ただ、あと少しだけ行動ポイントがあれば(キリが)いいのに、という絶妙の所で課金をすすめてくる。待てばまた行動出来るようになるというのがわかっていても、ゲームをやっている内に、そのちょっとの時間が待つのが惜しくなってしまう。

Kindleではまだそうなっていないけど、電子書籍を読み終わった時に次の巻へのリンクがあって、そこからワンクリックで購入できるようになっていたら、本当に危い。ソーシャルゲームのようにえげつなくやろうと思ったら、いくらでも出来てしまう。そうなっていないのは、単に開発が間に合っていないだけかもしれない。

ゲームへの課金では、あとに残るのは「くだらないことに金を使ってしまった」という罪悪感だけだけど、電子書籍はたとえデジタルとはいえ、いつでもまた読むことが出来る。そのため、「読む」「買う」「読む」のサイクルが際限なく続いてしまう。ソーシャルゲームよりも実はそっちの方が危ないかもしれない。これは麻薬だ。


SmartNews 問題は「気に入らない」という感情の問題ではないか?

ソーシャルニュースリーダの SmartNews のスマートモードがいま話題になっている。これはTwitterで言及されたURLを集約して、それをニュースコンテンツのように配信するアプリだ。オフラインでも読めるよう、アプリ起動時にコンテンツをダウンロードする機能があり、スマートモードではあらかじめダウンロードしたコンテンツを表示することができる。

この機能にまつわる議論は ニュースアプリリーダー「SmartNews」をめぐる議論 にまとまっているが、要するにダウンロードされるコンテンツに対して、サーバ側で広告除去やページ分割無視などの加工を行なっていることが、完全タダ乗り、フリーライドと批判されている。

これを受けて、開発元の株式会社ゴクロは、SmartNewsに関心をおもちいただいているみなさまへ で、その見解をプレスリリースしている。

メディアの視点から考えてみる。媒体にとって最も重要な媒体力、つまり広告主に対してアピールできる最もわかりやすい指標はPVやUB、あるいは広告の表示・クリック数である。しかし SmartNews のようにキャッシュされたコンテンツを参照されてしまうと、どちらも増えない。せっかくコンテンツをページ分割してPV稼ぎをしているのに、それが台無しになってしまう。

サイト上で RSS を提供しているため、RSS リーダで読むことと一緒だと考えることもできるが、RSS に出力するコンテンツはメディア側でコントロールすることが出来る。本文の一部だけに限定することも出来るし、また広告を差し込むことも自由にできる。SmartNews のようにコンテンツを持っていかれてしまい、その出力形式を自由にコントロールされてしまうのは、彼らにとって望ましくないと言える。

一方、SmartNews を使ってコンテンツを読む人間、つまりユーザの立場で考えてみると、ほとんどのユーザはメディアに対して特別な感情、つまりファン意識のような物を持っている人は少ない。メディアに対して別にロイヤリティを持っているわけではない。いちいち各メディアのコンテンツに見に行くのも面倒くさいし、コンテンツを複数ページに分割するようなPV稼ぎは利便性が下がるだけで、あれを不愉快に思わない人間は居ない。ニュースを集めてくれたり、分割されたページを1ページにまとめてくれるようなサイト・アプリがあれば、そりゃ使うだろうな、と思う。

SmartNews がリリースされてからこれまでは絶賛の声しか無かったため「何だか気に入らない」という感情論もあるとは思う。ただ結局の所、ユーザにとっての不便を軽減してくれるツールなのにも関わらず、「SmartNews 自体がメディア」のような顔をしているのが問題なのではないか。

コンテンツが自分自身の物でない限り、メディアという見せ方は好ましくないと思う。ツールならツールらしく、「ツール」に徹するべきだろう。一連の議論を見る限り、ゴクロ社は技術や法律(著作権)という観点で問題がないと主張しているが、反対している人たちは感情論で話しているため、議論がかみ合っていないように思える。

感情がその根底にあるのだから、法的に正しいことをやっているといくら主張しても収束はしない。その感情を納得させるような対応が必要になる。


頑張らないですませる努力

今日はクリスマスイブの前日なので、どこに行ってもクリスマスセール一色になっている。年に何度もないチャンスを逃してなるものか、という売り手側の鼻息が凄く感じられる。決して嫌いな空気じゃない。活気が感じられて、むしろ好きかも。

クリスマスのような「その日」であることに価値があるイベントの場合、何があっても絶対にリスケする事が出来ない。そのため、そのイベントにあわせて何かを実施する場合には、いかにリスクを最小化するかに頭を絞る必要がある。

言われ仕事をやっているだけの人は別だけど、他人を使ってプロセスを回していく立場の人間にとっては、こういった「絶対」を求められる修羅場・イベントは、すごく成長できる絶好のチャンスだと思う。

普段の200%ぐらいの力を瞬間最大風速的に出すことによって、ちょっとしたピークであれば乗り切ることは出来る。しかし500%、1000%が求められるような場合にはどう頑張っても出来ない。「別のやり方」を死ぬ気で考える必要がある。

学生時代、某ハンバーガーショップで働いていた。結構長くやっていたため、レジ打ちから調理までおよそ全部の仕事が出来るように。フロントとバックの両方の勘所がある人間は重宝されたのか、お昼時のピーク時間には、注文と在庫のコントロールのような仕事を任されていた。

そのポジションでは、レジで注文された商品をただ単に調理場に伝えるだけではなく、注文状況や何となくの空気を読みながら、作り置きの量を調整することが求められる。「注文されてから調理」する数をいかに減らすかということを意識しつつも、廃棄を減らすため、作り置きとなっている時間を最小化するという、ある意味ばくちのようなセンスが必要とされていた。

かなりコスト意識が高いオーナーだったため、いつもバイトの人数が明らかに足りない。普通にやっていたらその時の人数では絶対にこなせない量の注文が来る。この時の経験を通して、「膨大な量の注文を既存の人数でどうやってさばくか」というオペレーションの視点ではなく、「どうすればさばくことができるか」という視点で考えられるようになった。

ブラック企業の代表格として、ワタミやユニクロの名前が挙がることが多い。残業が300時間、400時間を越えて過労死したりと、ほんとうの数はわからないけど、ひどい目に遭っている人が多いような印象を受ける。直属の上司ぐらいだとどうだかわからないけれど、トップのあたりは案外、バカ正直にそれだけの時間はたらくということを求めているのではなく、それを実現するためにどうすればいいかを考え抜き、ブレークスルーを起こすことを期待していたりしないだろうか。そう期待するのは間違いだろうか?