月別アーカイブ: 2014年8月

高校野球には「降参」が必要では?

野球に興味がないのであんまり良く知らないけど、最近の高校野球の試合で、1試合で11盗塁をしたことが、高校生らしくないとか、圧倒的に点数差がある時には盗塁をしないという暗黙のルールを破ったとかで、少し話題になっているらしい。

馬鹿じゃないの?
それで手を抜かれた方は納得するの?

「高校野球だから相手の気持ちを考えないといけない」というようなことは良く聞く。でもこれって、部とはまったく関係のない生徒が不祥事を起こして、試合に出られなくなってしまったみたいな、モヤモヤを感じてしまう。何か不都合があるのなら、はっきりとそういうルールにしてしまえばいい。暗黙のルールじゃないと何か都合が悪いの?

そういえば野球をはじめとしたスポーツって、「降参」が無いことに気づいた。格闘技には降参があるので、スポーツか格闘技かで降参の有無が決まるのかな? いや、剣道や柔道には無いな。その線引きはどこにあるんだろう。

まあそれはともかく、「もうこれ以上やっても無駄だ。自分達が惨めになるだけだ」そう思ったらいつでも降参できるルールがあってもいいのにな。「勝負は最後まで何が起こるかわからないから諦めない」なら、やり続ければいい。「暗黙のルール」なんかよりも、よっぽど健全だと思う。


エンジニアは問題を5分で解決することより、「満足度」を意識すべき

ちょっと古い話題かもしれないけど、自社の人達で解決できない問題を、「10万円払うから何とかして欲しい」と泣きつかれたので実際に見てみたところ、5分で解決できてしまった。約束したにも関わらず5分で出来てしまうようなことなんだから10万円は払えないと言われた、という話を読んだ。

あー、よく聞く話。「労働時間」じゃなくて「解決」に対しての対価なんだから、解決に何分かかろうと払うべきだし、こういう人に限って、仕事は裁量労働性だから何時間労働しようと残業代は払わない、みたいなダブルスタンダードを平気で言うんだよね。そもそも時間で言うんであれば、調査から解決までに要した5分ではなく、5分で解決するためにこれまで経験、学習してきた時間も含めて考えるべき。

ただ一方で、相手の「満足度」を意識することも重要だと思う。人ってそんなに合理的に物事を考えられないので、機能や結果じゃなくて満足にお金を払うんだよね。例えば外食をする場合。すき家と素敵な雰囲気のフレンチのお店。腹を満たすという機能ではどっちも大差が無い。美味しさは違うかもしれないけど、まぁそれはこの際置いておく。食事が終わった後、どっちが「満足」かと言うと、普通は後者の方が満足度が高い。料理そのものだけではなくて、料理の盛りつけ、音楽、店の内装など、全部を含めての満足に対してお金を払う。

相手が論理的、合理的に物事を考えてくれる場合には何も問題無いんだけど、そうでないことの方が圧倒的に多い。本質を見ろよと感じることも多いけど、それを相手に求めてもしょうがない。例えそれが件の問題のようにどうしてもと頼まれて行った場合であっても。

実際にあった出来事をノンフィクションとして小説あるいは映像にする場合であっても、演出をまったくしないということはあり得ないらしい。まぁそうだろうね。あまりやりすぎるとねつ造と言われてしまうけど、多少の整理整頓とお化粧をすることにより、よりわかりやすくなったり、ドラマチックになる。件の問題も、5分で解決しちゃったのはしょうがないといえ、より満足度を上げる工夫は出来たんじゃないかなとも思う。背景が良くわからないので、実際にどういうことが出来たのかはよくわからないけど、例えば再発防止のための運用ルールを作ってあげるとか、他におかしなことが起きていないのか調べてあげるとかね。これを馬鹿らしい、何でそこまでと言い切れる人は、そういう人達を相手にして消耗した経験が無いんじゃないかな。

まったく皮肉とかじゃなく、たぶんそれは幸せな人だと思う。


将棋に絶望してしまった

去年の年末休みから急に、将棋をやるようになった。小学生の時に友達同士でやっていたので駒の動かし方ぐらいは覚えていたけど、なぜやりたくなったのか、きっかけはよく覚えていない。

ただ、一度凝りだすととことんハマってしまう性格なので、冬休中はほとんど一日中、仕事が始まっても行き帰りの電車ではひたすら将棋の本で勉強。週末はiPadで将棋、あるいは将棋会館に将棋を指すようにまでなっていた。

おもにやっていたのは将棋ウォーズで、数ヶ月で2級にまで昇給できた。ほとんど初心者同然の状態からそこまで上がれたのは、我ながら勉強したなと思う。ただ一方で、相手の手をあんまり考えずについつい早指しをしてしまい、ボロ負けしてしまうことも多かった。

それでも何とか勝ったり負けたりをしていたけど、ある時、急に糸が切れた感じがした。将棋が強くなったからって何になるの? そういう声は始めた当初から聞こえ続けていたので特にどうこうということもない。ただ、何だかわからないけど、もう無理だ。そう感じてしまった。

そこからは早かった。
一気に冷めてしまった。月に何回か、会社の昼休みに時間が余った時にやることはあるけど、もうあの時の情熱は返ってこない。何なんだろう、これは。あんなに楽しく感じていた将棋が、カラーだった映像が白黒の味気ないものになってしまったかのように、一気につまらないものになってしまった。