ツールとしての文章と、目的としての文章

文章術について悩み、色々な本や記事を読んできました。その結果、

  • 何か目的やメッセージがあり、文章はそれを実現するためのツール
  • 文章を書くことが目的そのもの

の二種類のケースがあり、文章術やブログ術の多くが前者を対象にしたものだということを理解しました。特にプロ志望の人を対象にしたものは、ほとんど全てです。

前者を目的とした文章の場合、言いたいことをあらかじめ明確にしてから書け、読む人の立場で書け、などなどのコツが書かれており、確かにそれ自体は納得できることばかりですし、書かれた文章も読者にとって「面白い」と感じる文章になるんだと思います。

ただ、その文章、書いている人自身は「楽しい」と感じられるんでしょうか?

アフィリエイトブログやあるいは何らかのブランディングなど、何か別の目的があって、文章はそれを実現するための単なるツールであれば、文章を書くことやその内容で楽しむ必要なんてありません。だからそれが目的だったら、読者のことだけを考えた文章でいいんだと思います。

ただそれだと、書くという作業の中で、自分でも気づいていなかったことを発見できた。モヤモヤしてよくわからなかったことが、文章を書くことでスッキリ整理された。書くこと自体を楽しむことはできません。

ちまたの文章術を読んで、その内容を理解や納得はできるけど、何だかしっくりこない。そのモヤモヤした感覚は、その目的が自分とは違っていたからだということに気づきました。世の中・他人に対して何か伝えたいことがある人はまた別なんでしょうが、自分のように特にそういうものが無い人間にとっては、

そもそも伝えたいことがない。だから、文章を書くことで他人に伝えたいことも無い。

わけです。「何かを伝えることを目的とした、ツールとしての文章」に関する記述がしっくりこないのも当たり前でした。

自分自身にとっての文章は、目的そのもの。書くことによって、色々なモヤモヤしていたものをスッキリさせたい。

確かに、読む人にとってはそれは「面白い」文章ではないかもしれませんが、他人の前に自分自身がまず「面白い」と感じる文章で無いと、書く目的がなくなってしまいます。まずは自分自身が楽しいと感じられることを第一に、文章を書いていきたいです。

 


医者と女房は新しいほうがいい

いや、女房は関係無いんですが、風邪ですごく久々に病院に行きました。正確には町中にあるクリニックですが。

風邪なんてどこの病院でもいい。どうせロクな診察もされないし、薬がもらえればいい。そう考えていつもは近所の古ぼけた病院の内科にかかっていたんですが、間違っていました。新しい病院・機材、専門医の威力をカラダで体験しました。

耳鼻咽頭科に行った

先週からずっと風邪を引いて調子が悪かったので、風邪薬を飲みながら騙し騙しやってきていたんですが、先週後半あたりにいよいよダウン。2日会社を休んだ所でこれは駄目だと思い、病院に行くことにしました。

インフルエンザや風邪には特効薬は無く、熱や鼻水などを緩和するという、いわゆる対症療法しか無いので、基本的には安静にして自身の免疫力で治すしか無いということは知っています。

自分の風邪の症状は、たいていは鼻水や喉の痛みが激しく、あとはその時々によって熱と咳が出たり出なかったり。なので、近所にここ1年ぐらいに新しく出来た内科併設の耳鼻咽頭科に行ってみたんですが、なんで今までここに来ることに考えつかなかったんだ、と後悔する程の劇的な違いがありました。

今までの風邪の診察方法といえば、ごく簡単な診察を受けて、薬か処方箋をもらって帰る。それだけでした。しかしこの病院は、新しいからなのか、あるいは耳鼻咽頭科だからなのかわかりませんが、いつもよりも心持ち鼻や喉の検査が長めに感じた診察が終わった後に言われました。

じゃぁ、あとは吸引をしていってください。
薬を喉とかに直接当てますのでねー。

「んん? 何のこと?」と思い看護師さんに示されるまま別室に行くと、そこには横に細長く、6つのチューブが出ている機械がありました。

チューブ2本が1セットで、左からハナ、ノド、??(忘れました) と書かれています。指示されるまま、まずはチューブを鼻の中に突っ込み、鼻から息を吸います。特に痛かったり苦しかったりということはありませんが、鼻の中に粉があたっている感じがします。それから隣のチューブを口に入れて今度はノドに対して同じことを。最後の1セットは使いませんでした。

こんなことをやったのは生涯初めてで、何だこれ? と一瞬感じましたが、効果は抜群でした。

それまで水っ鼻が残っていた鼻が完全に通った上に一気に止まりました。少し痛かった喉の痛みも無くなりました。喘息の吸引器みたいなものなんでしょうかね。終わった後にうがいをするようには言われなかったので、もしかしたら違うのかもしれませんが。

しかし、この機械の効果は凄いです。実は風邪はまだ全然治っていないので、鼻水とノドがスッキリした効果しか無かったんですが、それでも充分助かりました。

開業医の場合、なかなか新しい機械を買うことも出来ませんし、よほど勉強熱心な医師でない限りは、過去に学んだ古い手法のままになってしまうのもしょうがないかもしれません。ただ開業間もない病院であれば、少なくともその時点での最新の手法と最新の機械が導入されるわけなので、若手の生きのいい開業医の居る新しい病院は、なかなかいいかもしれません。

チューブを鼻に突っ込みながら、そう感じました。


専業主婦の年収を1000万円と言うのは勝手だけど

最近もまだそう言われているのかどうかはわかりませんが、以前、専業主婦の労働を年収に換算すると1000万とか1200万円になる(だから離婚時の財産分与額は、それを加味して計算しなさい)という話を読んだことがあります。

その額の算出根拠や妥当性はともかく、値付けは言ったもん勝ち。本当の価格は「相場」で決まる、ということを理解していない人が多いんだなー、と感じました。

例えばIT業界はそれの顕著な業界です。多少スキルが微妙な人であっても、ITスキルを持っている人が少なかったり居なかったりする会社では重宝され、またその評価も比較的高くなります。一方で、そのスキルを持っている人がいくらでもいて、かついなくなっても困らなかったり簡単に補充できるような状況においては、相対的に相場が安くなるため、評価もそれに乗じて低くなります。

値段をつけるのは自由。ただ、その価格で買ってくれる人がいないと単なる妄想にすぎません。骨董品屋で、誰も買う人がいないようなものに法外とも思える金額をつけて、その結果いつまでも売れ残っているようなことになります。

物の金額を評価する時は、本当にその金額で売買されるのか(買う人がいるのか)ということを見ることで、その妥当性を判断することができます。


自分の書いた文章を、面白く感じられるようになるための第一歩

文章力を付けたい。どうも定期的にそう感じるサイクルがやってくるようです。そういえばこのブログを書いてみようと思ったきっかけも、自分の考えを文章としてまとめるのが苦手だったのを何とかしたい、そう思ったのがはじまりだったような気がします。

最初はとにかく数をこなさないといけない。質はその後から付いてくる。そういう意見をあちこちで読みました。だから最初は、内容はどうでもいいので、毎日更新することだけを目標に書いてみました。これは数ヶ月ぐらい毎日継続できたのでクリア。

その次は、質を高めるということを意識して書くようにしました。でも、ブログが続いたのはそこまで。こんな内容じゃダメだ。そう思ってボツにする文章がドンドンと増えていき、そのうち挫折してしまいました。

ライティングマラソンにチャレンジ

文章力を高めたい!という意欲がまた高まってきた今。文章力を上げるために、参考になりそうな書籍やネット記事をまた読むようになりました。

色々な記事を読んでいた中で、自分の書く文章は価値がない」を抜け出すライティング・マラソンという方法←自己検閲を振り切って書きなぐるために という記事でライティングマラソンというテクニックを見つけました。

ライティングマラソンとは、1セット10分〜15分という制限時間を設け、その間は誤字や論理のおかしさなどを一切無視して、ひたすら思い浮かんだことを文字として吐き続ける。書けることがなくなってしまったら、書けることがなくなってしまったということを文字にして、とにかくひたすら書き続ける、という手法です。

これが、自分にはしっくり来ました。この感じを言語であらわすのは難しいんですが、「ついに手がかりを見つけたぞ」というのが近いでしょうか。

文章力をつけるには書き続けないといけない → でも自分の文章を面白いとまったく思えない → だから書けない。書きたくなくなる。

こういう負のサイクルが回ってしまっていた自分にとっては、とにかく何でもいいから制限時間いっぱい書き続けるという、ライティングマラソンのメソッドがピッタリはまったような感じがします。

「面白い文章」とは?

自分で自分の文章を面白いと感じることができない(当然、他人が読んだらもっと面白くなかったはず)。その理由は、「自分にとって面白いと感じる文章は何か? どういうものか?」ということが明確になっていなかったからでした。

自分が知らなかったことについて書いているもの。「知らない」を「知ってる」に変える文章。そういった知識欲を満たすような文章を「面白い文章」と考えていたのかもしれません。確かにそういう文章も「参考になる」ですし、それを「面白い」と感じる人も多いでしょう。でも少なくとも自分にとっては、それは「面白い」文章ではなかったんです。

いや、この表現は正しくないです。正確に言うと、他人の書いた「知らない」→「知ってる」に変えてくれる文章は面白い。でも自分が書く文章の場合は、自分は既に知っていることなので、それを書いても自分にとって「面白い」とは感じられない。これが自分の文章が自分で面白く感じられないモヤモヤの正体だったのではないかと。

ライティングマラソンのように、連想した事をひたすら文字にして書き続けるということをやると、それまで自分でも思っていなかった考えが飛び出してきたりして、意外な発見があります。また、その考えに至るまでの自分の思考のプロセスのようなものが全て残るため、どこをどう通ってそこに到達したのかが、よく分かります。

昔、会社の朝会で回ってくるスピーチが苦手で、まあ今でも苦手のままですが、それを何とかマシにしようと思い、とある話し方教室の一日集中講座というものに参加したことがあります。そこで指摘されたのが、

あなたのスピーチは話す事についての分析になってしまっている。
それについてあなたはどう思うのか?
話す相手はそれを知りたい。

ということを指摘されたことがあります。その時はあまりきちんと理解できていなかったんですが、今ならわかります。

自分・他人のどちらであっても、自分が「面白い」と感じる文章は、その文章で取り上げている事柄について、筆者がどう捉えて、どう考えているか。それが見えている文章を「面白い」と感じます。

ライティングマラソンという手法を知ったのは昨日なので、この手法を使って文章を書くのはまだ2回目です。でも、書いた文章を自分で読み返して見てもそんなに破綻した内容にはなっていません。また書かれた文章を見ても、「面白い」はまだまだ不十分ですが、少なくとも自分の文章が嫌じゃなくなっています。

これは大きな一歩です。

文章を書くのが好きではない。でも好きになりたい。

こういう感覚は、元々文章を書くのが得意だったり好きだったりする人にはわからない感覚かもしれません。でも自分もようやく、文章を書くという行為が好きになれそうな予感がします。


食間に飲むよう指示された薬を食後に飲むとどうなる?

何だかはっきりしない天気が続いているせいか、家族全員ずっと風邪を引きずってしまっています。

風邪を治す薬は存在しない。もし作ることができたらノーベル賞ものだ。そんな話をどこかで見たことがあります。薬で風邪を治すことはできず、症状を緩和することしかできないそうですね。ただ、直接治癒に繋がるものじゃないにせよ、鼻づまりや咳を押さえて早く寝るために、寝る前にだけ飲むようにしています。

うちの嫁は、葛根湯を昔から愛用しているらしいんですが、葛根湯はふつうの風邪薬とは違って食間に飲むものなんですね。先日、「食事の前に葛根湯を飲むのを忘れた。飲まないよりは飲んだ方がまだマシよね」と言って食後に飲んでいたんですが、ほんとにそうか?と、ちょっと気になりました。

少し調べてみたところ、普通の風邪薬が食後、それも出来れば30分以内に飲むことを推奨されているのは、風邪の各症状を緩和する作用が胃酸の分泌も押さえてしまうため、もっとも胃酸を必要とするタイミングで薬の効果が出始めるのを防ぐためだそうです。もっともこれは市販薬だけの話で、薬局で処方される医薬品の場合は、胃荒れを防ぐ成分も含まれているそうです。

葛根湯のような漢方薬の場合、胃荒れを引き起こす成分は含まれていません。そのためいつ飲んでも害は無いですが、もっとも効果を発揮するのは胃が空っぽの時、つまり食間ですね。だから、食事の前に飲むにしてもおよそ一時間以上は前に飲まないと食事の消化に邪魔されてしまい、ほとんど効果が無いようです。

だから、別に食間を指定された薬を食後に飲んでも害はないですが、効果も無いので、結局は飲む意味も無いと言えます。

もちろん処方薬の場合には薬効も強く、また理由も効果を最大化することだけじゃない可能性があるので、素人の勝手な判断は禁物です。念のため。


【移動】SSL証明書の期限切れを事前にチェック

SSL 証明書の期限を、期限切れの前に事前にチェックするようなスクリプトが必要になったので、ちょっと調べてみたところ nagios の check_http プラグインを直接呼んだらニーズを満たすことがわかりました。

nagios をダウンロードして configure –with-openssl=/usr/bin/openssl ; make して出来上がった check_htttp を利用して、こんなスクリプトでチェックするようにしました。証明書の期限が60日を切ったらエラーを返します。

expireDays=60
tmpfile=/tmp/sslcheck.tmp

for url in site1.example.com site2.example.jp
do
	/usr/local/sbin/check_http -H $url -C $expireDays > $tmpfile
	if [ $? -ne 0 ]; then
	  	echo "SSL will soon expired: $url"
	  	exit 9
	fi;
done

rm $tmpfile
exit 0

【移動】UNIX Timeを人間がわかる形式に変更するコマンド

時々ですが、Unix Time を人間が見てわかるような形式に変換したくなる時があります。そういう時は今までは Ruby か Python で適当なワンライナーを書いてすませていたんですが、実は date コマンド一発で相互変換できちゃうのを知りました。

例えば、2013/7/13 21:00をUnix Timeに変換する場合

$ date +%s --date "2013-07-13 21:00"
1373716800

逆に Unix Time から変換する場合

date --date @1373716800
2013年 7月 13日 土曜日 21:00:00 JST

あまりに手軽すぎて、今まで何をやってたんだろう、と思っちゃいました。


縮約:文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい が腹落ちする内容だったので、縮約してみた。

文章を書くというのは100を1にする作業だ。文章を書けるかどうかは、このことに気づけるかどうかだと思う。

人が行動を変えるのは、心が動いたときだけだ。そういう文章を書くためには、たくさんのひきだしから多彩な知識を取り出さなければいけない。そういう知識は短期間では身につかない。自分のなかにある情報だけで文章を書こうとすれば、経験に基づいた私小説的なものしか書けない。ゼロを1にするスタイルでは、すぐに終わりがくる。

まず情報を集める。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まで固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。

文章屋の仕事は、魔法のように見える。真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」だ。

だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違う。文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。

要するに、文章は何もないところから産まれるのではなく、綿密な調査により蓄積した物を圧縮して書くものだ、ということを言っているんだろう。多くの場合はそうなんだろうけど、必ずしもそういうアプローチが可能じゃないケースもあるので、いまいち「ハマった!」という感じがしない。

最初に読んだときは「これだ」と感じたけど、縮約を通じて精読してみると、最初に読んだときの感銘が薄まってしまった。たぶん自分の読解力が低いから何だろうな。


縮約:労基法違反:首都圏大学非常勤講師組合、早大を刑事告発へ

今年の4/1から施行された改正労働契約法絡みのニュースには仕事でも関係があるので、わりと気にしてみている。先日、労基法違反:首都圏大学非常勤講師組合、早大を刑事告発へ というニュースがあったので、縮約してみた。

契約期間に上限「手続き不正」

早稲田大学が新たに設けた非常勤講師の就業規則を巡り、制定手続きに不正行為があった可能性があるとして、首都圏大学非常勤講師組合は同大を近く労働基準法違反の疑いで刑事告発する。改正労働契約法が施行されたばかり。

告発状などによると大学側は3月19日の団体交渉で、非常勤講師の就業規則を初提示。上限のなかった雇用契約期間を通算5年とする内容だった。

労働基準法によれば新たに就業規則を制定する場合、事業主は事業所ごとに労働者の過半数代表者の意見を聞く必要がある。組合側が「全く聞いていない」と反発したところ、過半数代表者を選ぶ手続きを始めたとする文書などを示し、手続きは正当に実施したと説明。

組合から相談を受け団交にも参加した佐藤昭夫早大名誉教授(労働法)は「『違法な手続きだから期間を空けてやり直したらどうか』と警告したのに大学側は強行した。」と話す。

労働法の教授から警告されていたのにも関わらず強行せざるを得なかった、その背景を知りたいな。裁判に関係するあれやこれやを、自分達が原告になってやらなくてもいいので、民事ではなく刑事告発というのもうまいと思う。

一般企業における契約社員の契約にも影響を及ぼすだろうから、今後の成り行きを追っかけていきたい。


縮約:「東京都帰宅困難者対策条例」施行迫る

今年の4月から東京都帰宅困難者対策条例というものが施行されるらしい。今日、はじめて知った。どういうものか理解するために 「東京都帰宅困難者対策条例」施行迫る を縮約してみた。

要するに、「一斉帰宅は抑制してオフィスに滞在させましょう」。「そのために必要となる備蓄をし、設備の安全を確認をしましょう。ということを努力義務として課している、ということがわかった。

事業者に課す努力義務

東京都が制定した 東京都帰宅困難者困難者対策条例(東京都条例第17号) の施行が迫っている。都内の事業者は以下の対応を努力義務として課せられている。「努力義務」は大半の企業が従う可能性があり、「従わなかった場合に、他の企業との比較によりバッシングや風評となる」リスクを含む。

(1)従業者の一斉帰宅の抑制
オフィス内での安全な滞在を確保するため、建物の耐震化の検証、1981年以降の新建物耐震基準の確認が含まれている。同時に滞在する室内が安全であることを視点に、什器備品の安全な配置、オフィス内での安全なスペース確保、キャビネットなどの固定措置など、オフィス内において人的被害発生可能性の高い箇所について対策を講じることを前提としている。

また、家族の安否確認をサポートするためのしくみを導入することも前提となっている。東日本大震災において、家族の安否確認が取れない人が多く、帰宅するか判断ができずパニックになるケースが散見された。

(2)3日分の備蓄
備蓄については事業所内で勤務する全従業員とし、水は一人当たり計9リットル、主食は計9食、毛布は1枚、その他の品目については物資ごとに必要量としている。

(3)集客施設の施設利用者保護
主に百貨店、コンサートホール等の集客施設が対象となるが、外部の訪問者が多数いる場合も考慮の対象となる。また、帰宅難民が援護を求めてくる可能性も想定されている。今回の条例では、災害時要援護者や急病人が発生した場合の対応を事業者側が検討しておく重要性が記載されている。

東日本大震災では、事業者におけるEmergency Planの中に、BCPは作成されていたもののEvacuation Planが作成されておらず、従業員の安全面視点の対策評価が甘かったことが指摘されている。建物、施設の安全性が確保されてこそ従業員の安全が維持され、事業継続計画、避難計画・再開計画も遂行されることが再認識されつつあり、より実効性のある災害時計画が整備されている。